PAGE TOP

ストーリー

祐天寺ファミリークリニック 西 正孝

【ワークライフバランス】
育メン医師が小豆沢病院への転職で得られたこと

祐天寺ファミリークリニック
西 正孝

西正孝医師は、2012年4月より小豆沢病院に常勤医として着任されました。専門は消化器内科であり、日本消化器病学会専門医、日本消化器内視鏡学会専門医の資格を持っています。専門医である彼が、専門科目を売りにしていない小豆沢病院へ転職となった理由と、転職をしたことによって得られたことについて、紹介します。

前編

【転職のきっかけ~育メン医師をやるしかない!】

さっそくですが、西先生の転職のきっかけは、どんな思いからきたのでしょうか。

西Dr. 妻が小児科の女医であるということで、しばらく子育てにおわれていたため休職していました。 その頃から、数年後には開業をして妻と一緒にやりたいという気持ちがありました。

ただ、そうはいっても、妻は現場の一線からはずれていたので、一度復職をして、医師として現場に復帰をすることが必要だということになりました。

妻の現場復帰にあたっては、当時(2011年)4歳であった娘と、3歳になったばかりの息子がいたので、子育てをどうするかが課題でした。 以前勤めていた病院は、規模も大きく、緊急時に対応をしなくてはいけない処置、緊急内視鏡が多く、もちろん日当直もありました。

この状況でふたりともフルで働いて子育てしていくのは無理でした。

そうなると、これまで彼女が僕を支えてくれたように、僕が彼女を支えることになります。 そうはいっても、家庭におさまる主婦になれるのかというと、開業を目指すわけですから、そうはいかない…、働きながら子育てをするにはどうするのか…。

わかりやすく言えば、『くじごじの勤務(9:00~17:00)』になるということです。 僕の経験と年齢で勤務医として働くのに、『くじごじ…、それはないでしょう』となるはずで、よほどの事情がない限り許されないのが、世間の物差しであると思います。

【小豆沢病院との出会いと、転職を決めた理由】

小豆沢病院との出会いから入職までの様子を教えてください。

西Dr. 転職をすることは決めていましたので、緊急の呼び出しや当直がないという条件で、働ける病院を探していました。 ただ、開業のこともあったので、クリニックで常勤として雇ってもらって、そのノウハウを学ぶという選択肢もありました。 けれども、その場合は、自分の習得してきたこれまでの技術や知識を、十分に活かすことができるのだろうか…、という思いもありました。

そんな時に、知り合いから小豆沢病院を紹介されました。 その内容は、『内視鏡専門医を目指すふたりの若手医師の教育をお願いしたい!先生のこれまで培ってきた力を発揮して、指導して欲しい!』 という強い熱意でした。

また、『開業を目指しているのであれば、高齢化社会に必須となる在宅医療に挑戦してみませんか!』とも言われました。

若手医師の指導で、自分の習得してきたこれまでの技術や知識を十分に活かせるかもしれない!と思い、この強い熱意にうたれて小豆沢病院への転職を決めました。

【育メン医師始動!】

小豆沢病院に転職した当時はどうでしたか。

西Dr. もう大変でしたよ!ホント…。 

妻は現場復帰をしましたから、出勤では朝の6時半に家を出ます。 僕は8時50分までに出勤なので、息子たちを保育園に送った後、遅くとも8時前には目黒付近から車で出発して、北区と埼玉県にかぎりなく近い、東京の北のはずれの板橋区…、ここにある小豆沢病院へむかわなくてはいけません。

まずは、妻を家から見送ります。

子どもたちを起こして、ゴハンにトイレ、そして着替えを手伝います。

そうこうしている間に、保育園へ送る7時半になります。保育園に子どもたちをお願いして、病院へ向かいます。

病院での仕事が終了した後も大変です。妻が帰宅するまでの夕飯どきになるわけです。まずは17時に病院を出発し、保育園に向かいます。保育園に到着して、息子たちを引き取ります。

夕飯作りは僕がおこないます。夕飯が完成し、食べさせます。夕飯が終わって、子どもたちとお風呂に入って寝かしつけている頃…

そうですね、だいたい20時くらいになるのですけど、妻が帰宅します。慣れるまでは本当に大変でした。

子育て中の看護師さんをものすごく尊敬しました(笑)。

こんな感じのライフサイクルに大きく変わったわけですから、病院での勤務時間は決められたとおりに守られていることが大前提でした。

まさに働く主夫、流行りの言葉であれば『育メン』ですね。

ところで、西先生が食事を作っている姿…、想像することができないんですけど(笑)。

西Dr. そうです。まさに『育メン』ですよ。

ひとり暮らしは長かったのだけど、自分ひとりのために夕食は作らないじゃないですか。なので、食事作りはあらたな挑戦という感じでした。週末に妻と買い出しに行くわけですけど、1週間のメニューを考えながら必要な食材を買いこみ、クックパッドを見て作ってみる。 すると、いがいに料理ができるんだなって思えるようになりました。

慣れるまでは大変でしたけど、慣れてしまうと家で食事を作るのが当たり前になってしまったので、週末の土日は妻がいるにもかかわらず、食事の用意をするのは僕になっていました。

なので、子どもたちはお腹が空くと『パパごはん♪』って言います。ごはんを作る僕が「ごはん係」という認識になったんでしょうね。