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ストーリー

健康文化会副理事長小豆沢病院附属本蓮沼診療所所長代行 成瀬義夫

【在宅医療に興味のある方へ】
外科医として働きながら在宅医療にかかわって

前・健康文化会副理事長
前・小豆沢病院附属本蓮沼診療所所長代行

成瀬義夫

後編

【患者さんを好きになり、患者さんの立場に立ち、継続すること】

医療人として大切なことは、患者さんを好きになり、患者さんの立場に立つことだと思っています。言葉ではよく言いますが、本当に患者さんの立場に寄り添うこと、それを継続することは、在宅医療の場面ではいっそう難しいことかもしれません。しかし、これがもっとも大切なことだと思います。時々影で患者さんの悪口を言ったり、名前を呼び捨てにする医者や看護師をみかけますが、そんな方はいくら優秀でも嫌いです。患者さんを愛するのもひとつの能力なのかもしれません。

また、継続は力なりと言いますが、長く続けて地域の信頼を得ることも大切です。近くの医療機関や施設との連携は、短期間にはできあがりません。継続することで、口コミで徐々に評判も広がります。本蓮沼診療所もだんだん患者数が増加しています。

【ちょっと具体的な話 その1−褥瘡について】

私の考える褥創治療の基本は、基本的には自然に治るものであり、それを阻害している因子は何かを考え、循環(圧迫)・栄養・感染などに注意することです。 「認知症で寝たきり。仙骨に深い褥創があり、経口摂取も誤嚥しがちのため十分量にならない。褥創の悪化で往診依頼。家族は胃婁を希望しない」という患者さんがいました。診察すると感染合併している深い褥創があり、局所のデブリートメントと抗生剤投与を行ないましたが、問題は栄養改善でした。介護者の夫に「エンシュアを何とか飲ませてほしい」と頼んだら、なんと毎食口移しで飲ませてくれました。見る見るよくなり、いったんは完全によくなりました。

もちろん、よくならなかった症例もあります。私が印象的だった患者さんは「胸椎の脊髄損傷と統合失調症、神経因性膀胱。栄養状態は良好すぎるくらい」でした。仙骨の褥創はエアマット導入ですぐに改善しましたが、両足の褥創がなかなかよくなりませんでした。ひどくなって入院すると、少しよくなるが完全に直るまで入院生活を辛抱できない。○○病院の精神科に入院しときは、褥創が大きくなって帰ってきました。精神科の薬が増えると夜間の体動が低下してしまい、徐圧と感染が十分コントロールできなかったためと考えています。この方は、始めは高齢の母親と二人暮しでしたが、母親が亡くなってからは独居となってしまいました。介護力が無くなり、MSWに相談して入所できる施設を探しましたが見つかりませんでした。脊損の方が入れる施設は中々空きがないのです。毎日、往診か訪問看護が入る体制を組んで頑張りましたが、なかなかよくならず苦労しました。

【ちょっと具体的な話 その2−認知症について】

認知症で特に困るのは幻覚・幻想・不穏が強く、攻撃的になりやすいタイプです。往診を始めた頃、ひどい認知症の患者さんが家庭内で不穏になり、家族全員が巻き込まれてどうにもならなくなりました。入院を依頼されたが病院でも受けてくれず「地獄だ」と訴えられましたが、どうしてあげることもできませんでした。今は経験を積んだのと、よい薬も出てきているので多少はましな対応が出来るようになったかと思います。精神科への相談の仕方にもコツがあり「すぐ入院させろ」といっても難しく、一応の対応はしたうえで「早めに診察してくれ」と依頼します。

「○○病院精神科からの紹介で肺癌の末期。レビー小体型認知症で幻想・幻覚・発作的な攻撃的言動が強く入院生活が困難」とのことで在宅に返された患者さんがいました。一度往診中にも「そこに包丁を持った人がいる」「銃を持った男がいる」などと危ない言動がありましたが、リスパダール液を内服してもらい落ち着きました。癌の痛みに処方していた薬の副作用で出血性胃潰瘍になり、すぐに小豆沢病院に入院して出血には対応できましたが、呼吸不全となり一週間ほどで亡くなりました。認知症については、精神科との連携で比較的コントロールが行えた症例です。

「認知症もあるが、もともとの性格がワンマンで亭主関白。家族は怖くて何もいえない。上腕骨の肉腫で手術を拒否して大学病院から逃げてきた」という患者さん。年末に退院して、正月に夜間の不穏が強く病院に緊急受診するも「認知症だけでは入院適応にならない」といって返されました。セレネースを出し、頓用でリスパダール液を追加し、夜間は少し落ち着きました。けれども徐々に衰弱が進み、ある朝家族が気づくと亡くなっていました。病院で退院前に認知症の評価が甘く、前もっての対応が不十分だった症例です。

【ちょっと具体的な話 その3−神経難病について】

今、私が管理している神経難病の患者さんは3名(ALS、多系統萎縮症2)です。始めは全くの畑違いで戸惑いました。内科の先生が診ていた患者さんに「主治医を変わって欲しい」と言われて困りましたが、「専門の先生と一緒に診るなら」ということで始まりました。病気の進行の評価は専門医、全身管理は私が診るという形でした。東京都の在宅難病医療支援制度も使い、専門医の診察や関係者が一堂に会してのカンファを3ヶ月に一度ずつ定期的に行なっています。「寝たきりで気管切開と胃婁造設。人工呼吸器になって15年以上」という患者さんも診ていますが、勉強になり、貴重な経験をさせていただいていると感じています。

【病院附属の在宅専門診療所の優位点】

本蓮沼診療所は小豆沢病院附属の往診専門診療所です。私達が行なっている往診と、一般の開業医や往診専門診療所と比べて有利な点を紹介します。

病院附属なので、困ったときに入院依頼がしやすく、また入院中の検査や治療の内容、病棟での様子などが具体的にわかる。

理事長・病院長も往診を行なっており、職員全体に地域医療を支える意識が高く、理解が得やすい。

病院の若手医師も含めて複数体制で往診を行なっており、一人ですべての相談に対応しなくてもすむ。もちろん日中のファーストコールは主治医ですが、バックアップ体制を取ることが可能です。

病院がすぐ隣にあるので、血液検査などは病院に検体を運んで1時間以内に結果がわかります。そのまま在宅で治療をするのか、入院したほうがいいのか迷うような場面で助かります。

医師会や地域の医療機関・諸施設との連携の蓄積があり、東京都の在宅難病支援事業の活用や、他科の往診依頼や専門医の受診もスムーズです。

医師・看護師・薬剤師・ケアマネ・訪問看護ST・ヘルパーSTが集まったカンファを毎週開いており、情報交換と連携が密に行なえることなどです。

このように日中の対応が充実していることと、特に優秀な看護スタッフがそろっていることが私達の強みだと感じています。看護師さんが最初の対応で問題を解決してくれることが多く、実際に緊急の往診が必要になる場面が少ないのが特徴です。2010年9月の在宅末期は3件、在宅死亡は2件でしたが、夜間の緊急往診は1回でした。電話相談はもう少しありますが、それでも4〜5回でした。全体で127件の往診患者さんを管理して、末期や重症の方もそれなりにいるにもかかわらず負担の少ない勤務となるのは、看護スタッフの力が大きいのです。

1単位当たりの往診数は5~12人で残業になることはほとんどありません。子育て中の女性医師なども働きやすいと思います。

【おわりに】

思いきって外に飛び出してみると、今までとまったく違った世界が広がります。世代や経験、専門にかかわりなく、多くの医師が在宅医療に挑戦すべき時代ではないでしょうか。ぜひ、私たちと一緒に在宅医療をやってみませんか。